カテゴリ:イスタンブルで大学生活( 7 )

これは、、、蛇足でした。

トルコではいつ停電になるかも知れないので、宿題・課題は提出日の3日前までに
仕上げていましたが、これが裏目に出てしまうことがよくありました。
時間がたっぷりある分、完成した課題をじっくり見てしまって、過剰に手を加えたく
なったり、失敗した所に目がいってどうしようもなくなってしまうのです。

課題で織ったキリムで、やってしまいました、余計な事を。。。
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キリムや絨毯は織り終えた後、経糸の上下を切り、長さを整えます。
そして、その糸を編み込んだり、束にしたりして止めておけばよかったのに、、、
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経糸一本一本にビーズを通してしまった。

台形に織り上がってしまったキリム。
その失敗から目を逸らせようとビーズをつけてみたのですが、、、
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やっぱり歪んだキリムは歪んだまま。

ビーズを通すという面倒な作業をした上、教室では
「 何でビーズつけたの?掃除が大変でしょう? 」
と、お掃除好きのトルコ人らしいコメントが飛び散々な評価。

本当に、ビーズは、蛇足でした。
何事も 過ぎたるは、なお及ばざるが如し ですね。
このキリム、「何事も一歩手前で止めておきましょう!」という良い教訓です。
(でも、ビーズ可愛くないですか?確かにホコリがたまるのですが。。。)




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by ateliercinicini | 2010-12-21 00:51 | イスタンブルで大学生活 | Comments(0)

停電につき・・・

ここ数日、夜になると停電。
通りの向かい側の家々には灯りが点っているので、何だか物悲しくなって来ます。
(マッチ売りの少女気分。)
停電になると暖房も切れて寒くなるし、ロウソクの光で何が出来るわけでもないので、
即ベットへ直行です。

布団に潜りこんで思い出しました。
大学時代の課題提出遅れ、言い訳No.1。 

先生~、夕べ停電だったので、宿題出来ませんでした。 

これです!停電です!
大学生になってもトルコの宿題忘れ・提出遅れの言い訳No.1は停電! 
先生方も慣れていて(諦め?呆れ?)、

前日に仕上げようとするからよ。
課題は2日前に仕上げるつもりで取り組みなさい。
 
 」

と、サラリと流しています。生徒の言い訳、信じてないですよね~。

そんな同級生を、小学生じゃあるまいし。。。と思っていた私なのですが、
何と停電で提出が遅れてしまうという事態が、我が身に降りかかり、、、
他の生徒達と一緒に先生の前に立って、、、

先生、2日続けて停電だったんです。 だから、、、課題、仕上げられませんでした。。。   」

恥ずかしぃぃぃ~。でも、ホントに停電だったんですから!ホントにホントですから!

あらぁ~あなたまで?
 日本人の家は停電にならないと思っていたのに。。。
 まぁ停電じゃぁ、仕方ないわね~。来週、持ってらっしゃい。
 
 」

と先生は面白そうに笑っていらっしゃいました。
いや~、ホント恥ずかしいぃぃぃ!
提出日厳守、時間厳守の日本人にあるまじき事です!屈辱です!
以来、提出日の3日前に仕上げるようにしています。

でも、正直なところ、徹夜続きで疲れている時の停電は、有難い天の恵みのような
ものですね。これ口実に寝られるんですから。。。




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by ateliercinicini | 2010-12-19 20:07 | イスタンブルで大学生活 | Comments(6)

冬は絨毯・キリム織り

大学時代の主専攻は「チニ(装飾タイル)」で、副専攻は「絨毯・キリム・古布デザイン」。
一時期、主専攻のタイルよりも、絨毯・キリム織りにのめり込んでしまい、課題提出が
遅れそうになったことがありました。
イカンです。(と言うより、タイル制作と絨毯織りを同時進行というカリキュラムが
きつ過ぎるのだと思うのですよ。)

まずは、絨毯の図案描きから始まります。
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1.絨毯のデザインを描く
方眼紙上に模様を “X” で描きだし、その “X” の目数が数えられるように、
薄く彩色していきます。
2.織る
木枠に縦糸をはり、図案を見ながら横糸で織り上げてゆく。

1、2 ステップ。簡単です! 

のはずですが、、、私は、図案通りに織れたためしがありません。
怪力なものですから横糸を引く力が強すぎて、模様が歪んでゆき、台形の絨毯が
出来上がってしまいます。
課題で織った絨毯はあまりの出来に、先生が気に入られて持って行かれました。
(ホントに素晴らしい台形絨毯になってしまいまして、、、先生、笑いの種として
お持ちになられたようです。。。)
やっぱり絨毯織りには経験が必要ですね!


そしてキリム
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基本的にはキリムも絨毯も、こんな四角い木枠があれば簡単に織れてしまいます。
キリムは平織り。こういった単純な柄だと図案なし。
横糸を波のように縦糸の上下を通してゆけばよいだけです。
(キリムの歪み度は、先生の気を引く程ではなかったようで、手元に残りました。)



********


つい先週まで イスタンブルは暖かかったのですが、週末より冷え込み、
本格的な冬がやってきました。
冬が来る前に、足元を暖める為の冬用キリムを織りあげたかったのですが、、、
間に合いませんでした。
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もみの木(ってこんなんでした?)に降る雪。と星のつもり。
30cmほど織り進んで既に台形になりつつあるキリムです。
自分でも嫌になるほど不器用です。

トルコ在住の皆さん。
長くて寒い冬。家にこもりがちになりますよね。
キリムや絨毯を織ってみては如何ですか?
毛糸も簡単に手に入るし、夢中になれて楽しいですよ~。



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by ateliercinicini | 2010-12-14 06:50 | イスタンブルで大学生活 | Comments(10)

感謝!『サークップ・サバンジュ芸術賞』頂きました!!!

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               (サバンジュ家の方々と受賞者一同)

『サークップ・サバンジュ芸術賞』(*)を受賞しました!とっても嬉しいです!
大学を卒業できた時は涙が出そうな嬉しさを感じましたが、今回の受賞は涙なし、
踊り出したい嬉しさです。(踊れないんですけどね。)
大学を卒業した時点で受賞の可能性はあったものの、私の場合トルコ国籍所持者
ではないために最後まで保留。落ち着かない状態でした。
授賞式の3週間程前にようやく外国人でも問題なしとの連絡を頂き、正式に受賞が
決まりました。
寛大なサバンジュさん、ありがとうございます!!!
これからも、タイル画制作、頑張ります!

11月9日にサバンジュ博物館で行われた授賞式では、私が単身トルコに来て以来、
いつも気にかけ支えてくれた3人の友人&その娘さんに見守ってもらって、終始笑い
続けた幸せ一杯の一日となりました。

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今は組織に属して制作活動をしている訳ではなく、「職業は『タイル画作家』です」と
言っても、あくまで“自称”。
自分で言うのも何ですが、私、胡散臭い事この上ない者です。
故に、つい小声で自己紹介をしてしまいがち。
今回、賞を頂いた事で、「タイル画作家です」とちょっぴり声量上げて言えそうです。




『サークップ・サバンジュ芸術賞』 (Sakıp Sabancı Sanat Ödülleri )。
 サバンジュはトルコの財閥の一つ。
 そのサバンジュ・グループの先代会長であるサークップ・サバンジュ氏は
 トルコ芸術の大支援者で、1994年に『サークップ・サバンジュ芸術賞』を
 設けました。以来毎年、サバンジュ財団は、ミマルシナン芸術大学の“絵画”、
 “彫刻”、“伝統トルコ芸術”の3学科の卒業生上位3名にこの賞を授与し
 続けています。
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by ateliercinicini | 2010-11-13 19:19 | イスタンブルで大学生活 | Comments(14)

挑戦!トルコでペルシャ語を習う

タイルと言えばイラン。
いつかは、イランへ行きタイルを堪能したいというのが夢です。
その為には、やっぱりペルシャ語でしょう。
という訳で、大学時代ペルシャ語学習を始めました。
ところが、トルコでは一般の人々のイランに対する関心はほとんどなし。
ペルシャ語教本というのがほとんどありません。
大学生でも、「イランはアラビア語じゃないの?」という始末。
隣国なんだから、もう少し興味を持っても良いと思うんだけれども、、、

本もなくどうしようかと思い、オスマントルコ語の先生に相談すると、
「オスマントルコ語の授業もさぼらないと約束するなら、昼休みにペルシャ語を
教えてあげるよ。先生なしでどうやって語学を身に着けるつもりなんだい?」
と、ありがた~いお言葉。感謝、感謝です、先生、ありがとう!
こうして、週に一度ペルシャ語の授業を受けることになりました。
でも、根が怠け者の私、ペルシャ語は正規の授業でないためにテストもない、
故に全く身につきません。
泣きたくなる程の覚えの悪さに先生に呆れられ、私も、その時に至って、そうだ、
中学生時代から語学学習が苦手だったんだ!って事を思い出しました。
結果、1年程授業を受けたにもかかわらず全く覚えられず卒業。
が、面倒見のよい先生は、卒業した今も時々電話をくださり、ペルシャ語で
話しかけてくれます。ごめんなさい、先生!全然、わかりません。

それでも、イランへ行こう!ペルシャ語を話そう!という気持ちはありまして、
先生に薦められた『ペルシャ語会話独習帳』を時々開いております。
でも、なんだか変な方向へ気がそれてしまうのですよね。
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イランには歴史的建築物や細密画など表紙に相応しいものが沢山あるのに、
教材の表紙にこの写真を使うのはなぜか?
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「一般的な事」という章の挿絵が泥棒?泥棒、多いのかしら。。。
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「一般会話」のあるページの例文。

さあ、どうなることやら、、、見てみましょう。     ばかばかしいわ!
いつだってさ、こんなことってあるよね。       全く意味がない!
急いでいるの。                      当然です。
ありえるね!                       確信あるの。
                               確信ないの。
                               ~についてどう思います?

この初歩の会話独習帳。(表紙と内容にギャップあり)
泥棒が出てきたり、気の強い女性に声をかけて、ボロボロになったり(いつだって、ある
ことだよね、こんなことっ)、、、こんな場面ばかりです。
語学のテキストにもお国柄って出るものですね。
ペルシャ語の先生は昔コーラン学校の先生だった信仰心が厚く固い方。
その先生が、真面目な顔でこれらのフレーズを読むのが、私にはとっても違和感が
あって不思議なのですよ。
これまた学習に集中できず、気が逸れていってしまうことになってしまいまして、、、
ペルシャ語習得への道はとっても長いのです。
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by ateliercinicini | 2010-10-24 04:54 | イスタンブルで大学生活 | Comments(4)

タイル修復実習

学生時代のある夏休み(トルコの夏休みは4ヶ月間)、毎日トプカプ宮殿に通って
いました。修復実習のためです。
当時の私、大学生とは言え、既に齢三十代後半。
炎天下で大汗かいての肉体労働は、大変、大変、きつかった!
しかも、ここはトルコ。全てが大雑把なのです。
足場はグラグラ。板が渡してあるだけで打ち付けてありません。
ヘルメットは、お偉い方々が視察に来られた時に使うものであって、現場労働者の
為のものではありません。
(もちろん保険なんてかけてもらえませんよね?)
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働く人はもちろんトルコ人です。
現場には大音量のトルコ音楽(演歌・民謡調)が流れ、現場仲間はグラグラの足場を
ものともせずラジオにあわせ踊り歌う。合いの手を入れる。
これは彼らにとっては、長く辛い労働を少しでも快適に乗り切る為の必要不可欠なもの。
分かってはいるのですが、純日本人の私は、「働くときは集中して働きなさい!」と
毎日叫んでいました(心の中で)。

現場に慣れてきたある日の休憩時間。
普段は無口で話した事もない若者が側に来て、
「日本は豊かな国だと聞いたいたのに、、、日本にも仕事がないのか?
貧富の差もあるんだね。だからと言ってイスタンブルまで来るなんて、、、
人生色々あるが、頑張れよっ!」
と、私を励まし去ってゆきました。いやっ、ちょっと違うんだけど。。。
日本人観光客の女性は、皆とても色白で奇麗ですから、土方焼け作業着の私を見て、
貧しい出稼ぎ労働者と思っても仕方ない、仕方ない。

前置きが長くなりました。本題のタイル修復話です。
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(30年程前に行った修復部分。汚れや埃を取り除いたら色も落ちてしまっていた)
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修復は場所、状況、状態よって、異なる修復手段がとられます。
この写真のタイルは、30年前の修復の際、オリジナルに似せて無地の彩釉タイル上に
絵の具で文様を描きはめ込んだようなのですが、その絵の具が剥げ落ちてしまって
いました。今回はそれを消し取って、ヒビの入った部分や欠けてしまった部分に石膏を
塗りこめて、その上に再度絵の具で描いています。
こうする事で、修復部分をオリジナル部分からはっきりと見分けられるようにしておきます。

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このはげてしまった部分は、どこでしょうか?

答えは、扉の裏の壁です。
扉を開ける時に、バンバンと力任せに開けていたんでしょうね。
宮殿に住む人々の立ち居振る舞いは、静かで楚々としているものという私の想像は
もろくも崩れてしまいました。
重い木の扉を壁にぶつける程の勢いで開けるのは大変な怪力の持ち主達です。

この部分の修復もまた、傷ついた部分に石膏を塗りこめて平らな表面をつくり、
上から彩色してゆきます。
ちなみに、このはげてしまった部分から、タイルに使われた土が赤土であることが
わかりますね。

毎日、パンをかじりながら働いた宮殿での夏。
トルコ人の間で働いて呆れることや腹が立つこともありましたが、それでも、毎日タイルに
触れられて、修復箇所から昔の人々の生活を想像して空想に遊んだ楽しい経験でした。
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by ateliercinicini | 2010-10-03 16:39 | イスタンブルで大学生活 | Comments(4)

オスマン朝時代生まれの先生

私の卒業したM大学には、愛校心の強い先生方がとても多く、退官された後も
大学に通い、かつて教え子であった現在の教授・助教授達をアシスタントにして
指導にあたられる方もいらっしゃいます。

80代、90代の先生方。学者として、画家として活躍し続けて来られた方ばかり。
とてもパワフルです。そしてチャーミングです。

「トルコ古典装飾」のK先生もそのお一人でした。
途切れることなく話し続けられ、私達学生の描いた絵への批評をして下さるのですが、
なにせオスマン朝時代に生まれた方です。
言葉が全く分かりません。。。
使われる言葉はトルコ語なのですが、単語がほとんどペルシャ語とアラビア語ばかり
なのです。
K先生は授業の際には、いつも私を一番前の真ん中に座らせ、私に向かって話され
ました。そして話終わった後、決まって、

「 R子、僕の言ったこと、分かったでしょ?繰り返し言ってみなさい。 
 僕は、君に向かって話したんだよ。 分からなかったとは言わせないよ。 


と言うのです。勿論、チンプンカンプンです。全く分かりません。

「 ごめんなさい、先生。全く分かりませんでした。 」

と答えると、嬉しそうに笑って、

「 あららら~。分からなかったの?
 ちゃんと来週までに復習して宿題して来るんだよ。これあげるね。
 」

とポケットから手描きのお手本や参考資料を取り出して私に渡し(公然のエコ贔屓)、

「 僕疲れたなぁ。じゃ、後の授業は○○教授に任せましたよ。では皆さん、又来週!
 誰か、僕が階段を下りるの手伝って下さい。
 」

と片手に杖を持ち、男子学生の腕につかまり帰って行かれる、そんな先生でした。


もうお一人、私は授業を受けることが出来なかったのですが、トルコ美術史のO先生も
オスマン朝時代のお生まれ。

試験対策の為にO先生に、

「 テスト勉強の為に先生のノートをコピーさせて下さい。 」

と大胆不敵にも正面から依頼に行った学生に、

「 いいですよ。貸してあげますよ。でも君に読めるかな? 」

とすました顔でオスマントルコ語(アラビア語表記)で書いた授業ノートとメモを手渡した
そうです。


素敵な先生方、楽しい授業でした。

大学時代の友達と会うと 思わず笑いながら懐かしむ話です。
でも、同時に、文字・言葉が変わった事がもたらした問題を目の当たりにして、諸々
考えさせられもするのです。
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by ateliercinicini | 2010-09-11 07:16 | イスタンブルで大学生活 | Comments(8)