『タイル庭園の春』 ・ 装飾タイル展

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来週、10月14日(木)より10月24日(日)の期間、イスタンブル・ベイオールの
イスティクラル通りで装飾タイル展があります。

『 Çini Bahçesinde Nevbahar / タイル庭園の春 』 
   Minar Sinan Güzel Sanatlar Ünversitesi
   Sitare TURAN BAKIR Atölyesi öğrencileri


私の卒業大学、伝統トルコ芸術学科チニ(装飾タイル)専攻アトリエの展示会です。
今回の展示は、全ての準備を先生方がして下さって、生徒である私達は作品を提出
しただけという感謝、感謝の展示会となりました。
来週開催なのですがポスターも招待状もまだ刷り上っていませんので、ここで案内
させて頂きます。

初日、10月14日(木)、オープニング18時で、同時にシターレ・トゥラン・バクル教授
による短い講演もあります。
  Türk Çini ve Seramik Sanatında Tasarım Anlayışı
   Pro.Dr. Sitare TURAN BAKIR


シターレ先生指導の下、私達学生は、伝統様式に則ったタイル製作をするだけでは
なく、これまでの伝統様式で使われなかった花々を、様式化して独自のスタイルを
持った形で描く試みをしてきました。
その試みの開花を、この展示会で見て頂けると嬉しく思います。

上に載せたポスターでは、お恥ずかしながら、私が製作したタイル画を使って頂きま
した。左端に見える花は“サギ草”を様式化して、一つのタイルパネルの中でチュー
リップと一緒に使っています。(季節感なし、四季ごっちゃまぜがトルコ的です。)

10月14日(木)~24日(日)の期間、イスタンブルにいらっしゃる方でタイルや陶器に
ご興味のある方は、是非お越し下さい。お待ちしています。

場所は、Beyoğlu Belediyesi Sanat Galarisi No.217 Tünel 34433 Beyoğlu
  (イスティクラル通りのトゥネルに近いところです。平日は18時まで、日曜休み)
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# by ateliercinicini | 2010-10-08 03:34 | 展覧会・作品展 | Comments(6)

漫画展「ディスカバー・マンガ 少年ジャンプの世界」

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突然マンガです。
現在イスタンブルにある、ISTANBUL MODERN(イスタンブル現代美術館)で
漫画展「ディスカバー・マンガ 少年ジャンプの世界」 が開催されています。
私も子供の頃マンガを読んでいたという懐かしさあり、イスタンブルで漫画展という
もの珍しさありで、散歩気分で行って来ました。

そして、行ってビックリ。来館者がいっぱい!(この美術館いつもガラガラなんです。)
しかも、ヨーロッパから来たと見られる若者が多いこと。(偶然?知っていたのかしら?)
一緒に行った友人マカパカさん(オタクさんです)は、目をキラキラさせていて、いつもと
様子が違うし、、、
なんだか「マンガ」って、私の認識していたものと違う、独特な世界なのですね?
マンガ好きに国境はないようで、ドイツ人少年とマカパカさんは、短い時間で好きな
マンガについて楽しそうに盛り上がっていました。(私は取り残された。)

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漫画展では、漫画を読む習慣のないトルコ人に漫画の読み方が丁寧に説明がされて
いて、実際に漫画が読めるコーナーあり、英語、タイ語、ロシア語、フランス語等への
翻訳本の展示あり、『ONE PIECE』と『Dragon Ball』の製作過程をビデオで見る
コーナーあり。
大人も子供もとても楽しめる展示内容です。

イスタンブル、カラキョイにあるISTANBUL MODERN で10月17日(日)まで。
この期間、トルコにいらっしゃる旅行者の方、イスタンブル在住の方、ご興味があれば
是非、足を運んでみて下さい。
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# by ateliercinicini | 2010-10-08 02:17 | 展覧会・作品展 | Comments(4)

クエルダセカ技法

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        (トプカプ宮殿 割礼の間前のクエルダセカ技法タイル)

 11~13世紀、アナトリアにはセルジューク朝あり、ビザンティン帝国ありと、イスラム
教徒、キリスト教徒が平和に共存する時代が続いていました。
それが13世紀モンゴルの侵攻によりセルジューク朝崩壊すると、このバランスが崩れ、
アナトリアは君侯国(ベイリック)が割拠するベイリック時代にはいります。
君侯国間抗争の時代です。この時代、建築物の破壊や美術工芸品の略奪、芸術活動の
衰退など負のイメージが強いのは打ち消すことができません。
ですが逆にメリットもありました。
力を見せ付けるべく新しい建築物を建てたり、征服地域より職人や画家を捕虜として連れ
帰り自国のアトリエで働かせたりしました。
こうして、様式や技術がミックスし傑作が生まれ出ることとなるのです。

 この混沌の中で作られたベイリック時代からオスマン朝初期のタイルがとても面白い!
その一つがクエルダセカ技法タイル。(ハフトランギとも言われます)
アナトリアでは、14世紀後半から15世紀前半に用いら始められ、イスタンブルでは
16世紀にも使われました。

 この技法では、まず素地土を型押しあるいは彫ったりして形成し焼成します。
第一焼成後、色釉薬が互いに交じり合わないように、蜜蝋あるいは植物油とマンガンの
混合物で輪郭を線描します。その後色釉薬によって彩色し、再度焼成です。
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(ブルサにあるイェシルモスク。クエルダセカ技法タイルとモザイクタイルを見事に調和
させています。とても細かく丁寧に作られたタイルで覆われています。
写真を見ていたら、また行きたくなって来ました。)

 オスマン朝初期のブルサとエディルネの作品は、装飾文様は細かく繊細、色数も多く、
彩色の際、色の濃淡まで使い分ける丁寧さです。素晴しいです。
いずれもテブリーズ職人の仕事であると言われています。
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(ブルサ、イェシルモスクのミフラブです。以前に紹介したエディルネのムラディエモスクの
ものとよく似ています。)
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(ブルサ、イェシル廟のタイル。花びら部分の色、濃淡をつける丁寧さ!)
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(エディルネ、ムラディエモスクのミフラブ。この細かさ!タブリーズ職人のなせる技!)

時代が下り、イスタンブルが首都となってからの作品は、モチーフは大きくなり色数も
減少していきます。
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               (ヤウズ・スルタン・セリム廟入口。)
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           (トプカプ宮殿。幾何学文様が綺麗です)

イスタンブルでも使われていたクエルダセカ・タイル、ミマル・シナンが宮廷建築長に
なってからは、彼の初期の幾つかのモスクと廟で使われただけで、後は皆無と言って
よいほど使われなくなりました。
クエルダセカ、とても繊細で素敵な技法なのに、シナンの好みじゃなかったのかなぁ~。
シナン以降のタイルは、モチーフ、色のバリエーションは増えて華やかになっていきます
が、技法としては、釉下絵付けのみとなってゆくのです。
ほんと、残念。残念で仕方がない。。。
どうして、クエルダセカ・タイルを使わなかったのですか?シナンさん。
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# by ateliercinicini | 2010-10-06 21:35 | 様式・文様・技法の話 | Comments(4)

タイル修復実習

学生時代のある夏休み(トルコの夏休みは4ヶ月間)、毎日トプカプ宮殿に通って
いました。修復実習のためです。
当時の私、大学生とは言え、既に齢三十代後半。
炎天下で大汗かいての肉体労働は、大変、大変、きつかった!
しかも、ここはトルコ。全てが大雑把なのです。
足場はグラグラ。板が渡してあるだけで打ち付けてありません。
ヘルメットは、お偉い方々が視察に来られた時に使うものであって、現場労働者の
為のものではありません。
(もちろん保険なんてかけてもらえませんよね?)
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働く人はもちろんトルコ人です。
現場には大音量のトルコ音楽(演歌・民謡調)が流れ、現場仲間はグラグラの足場を
ものともせずラジオにあわせ踊り歌う。合いの手を入れる。
これは彼らにとっては、長く辛い労働を少しでも快適に乗り切る為の必要不可欠なもの。
分かってはいるのですが、純日本人の私は、「働くときは集中して働きなさい!」と
毎日叫んでいました(心の中で)。

現場に慣れてきたある日の休憩時間。
普段は無口で話した事もない若者が側に来て、
「日本は豊かな国だと聞いたいたのに、、、日本にも仕事がないのか?
貧富の差もあるんだね。だからと言ってイスタンブルまで来るなんて、、、
人生色々あるが、頑張れよっ!」
と、私を励まし去ってゆきました。いやっ、ちょっと違うんだけど。。。
日本人観光客の女性は、皆とても色白で奇麗ですから、土方焼け作業着の私を見て、
貧しい出稼ぎ労働者と思っても仕方ない、仕方ない。

前置きが長くなりました。本題のタイル修復話です。
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(30年程前に行った修復部分。汚れや埃を取り除いたら色も落ちてしまっていた)
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修復は場所、状況、状態よって、異なる修復手段がとられます。
この写真のタイルは、30年前の修復の際、オリジナルに似せて無地の彩釉タイル上に
絵の具で文様を描きはめ込んだようなのですが、その絵の具が剥げ落ちてしまって
いました。今回はそれを消し取って、ヒビの入った部分や欠けてしまった部分に石膏を
塗りこめて、その上に再度絵の具で描いています。
こうする事で、修復部分をオリジナル部分からはっきりと見分けられるようにしておきます。

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このはげてしまった部分は、どこでしょうか?

答えは、扉の裏の壁です。
扉を開ける時に、バンバンと力任せに開けていたんでしょうね。
宮殿に住む人々の立ち居振る舞いは、静かで楚々としているものという私の想像は
もろくも崩れてしまいました。
重い木の扉を壁にぶつける程の勢いで開けるのは大変な怪力の持ち主達です。

この部分の修復もまた、傷ついた部分に石膏を塗りこめて平らな表面をつくり、
上から彩色してゆきます。
ちなみに、このはげてしまった部分から、タイルに使われた土が赤土であることが
わかりますね。

毎日、パンをかじりながら働いた宮殿での夏。
トルコ人の間で働いて呆れることや腹が立つこともありましたが、それでも、毎日タイルに
触れられて、修復箇所から昔の人々の生活を想像して空想に遊んだ楽しい経験でした。
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# by ateliercinicini | 2010-10-03 16:39 | イスタンブルで大学生活 | Comments(4)

スルタンの象徴 Çintamâni / チンタマーニ

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上の一つの珠を下の二つの珠が支えて、三角形を作ったかのようなモチーフ。
これをÇintemâni チンテマーニ あるいは Çintamâniチンタマーニと言います。
「“チンタマーニ”とは、仏、あるいは仏の教えの象徴です」と、授業で聞きながら、
“何故、トルコで仏教なの???また、また~、先生ったらご冗談を!”と思っていました。

そこで調べてみると、、、
『 チンターマニ”(梵: चिन्तामणि [cintaamaNi])とは、サンスクリット語で「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味。 チンターは「思考」、マニは「珠」を意味する。
日本では如意宝珠と言う。』 と出ていました。
(先生、冗談をおっしゃったんじゃなかったんですね・・・疑ってごめんなさい。)
サンスクリット語の名称が、ほぼそのまま伝わりオスマン朝で使われ続けたのです。
すごい!!正確な伝達!耳のよい人々です!(口承伝承かしら?)

オスマン朝で、最初にこのモチーフが使われたのは、1515年に描かれたテズヒップ
(書や写本の彩飾)であるとされています。
1515年と言えば、スルタン セリムがタブリーズを征服し、タブリーズの芸術家達を
イスタンブルへ連れてきた翌年です。
チンタマーニ文様も、タイルや他の芸術同様に、中央アジア、イラン・タブリーズを
経由してオスマン朝に入ってきたのではないでしょうか?

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           (チンタマーニのボーダー。シンプルで可愛いです。)
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   (イスタンブルのリュステムパシャ・モスクにあるタイルパネルから。
         チューリップにチンタマーニを描き込んでいます。空間恐怖症?)
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   (うろこつき?なんだかチンタマーニが水の中で泳いでいるようです。。。
        すると、二つ波形文様がナマコに見えてくるような。。。)

チンタマーニは、オスマン朝美術において、権力、強さとスルタンのシンボルとされて
きました。
3つの珠をヒョウ柄に、二つの波はトラ柄の毛皮に見立てて、スルタンや皇太子の衣装、カフタンのデザインとしても使われたと言います。
チンタマーニは、織物、絨毯、タイルなどあらゆる芸術分野で使われたモチーフなのです。
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# by ateliercinicini | 2010-09-30 23:40 | 様式・文様・技法の話 | Comments(2)