Sıtkı Olçar / ストゥク オルチャル  (キュタフヤ)

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                  (Sıtkı 氏のsiteより)

9月23、24日、トルコタイル陶器の一大産地であるキュタフヤで、Sıtkı Olçar
(ストゥク オルチャル)氏の業績を称えてシンポジウムが開かれました。
ストゥク氏はトルコを代表する陶芸作家です。
シンポジウムや氏のアトリエの様子は、イスタンブル的陶芸生活 で山下鉄平さんが
詳しく書かれていますので、そちらをご覧下さい。
(私、筆不精なものでして、、、ごめんなさい)

ここでは、ストゥク オルチャル氏とその作品について書いてみます。
ストゥク オルチャル氏。本人に面識があろうとなかろうと、皆、彼のことを親しみを
込めて、”ストゥク ウスタ”と呼びます。 (ウスタは職人さんの意)

ストゥク ウスタは1948年、キュタフヤ生まれ。1973年より陶芸活動を開始。
アトリエ ”オスマンル チニ”を開き、当初はイズニック陶器のレプリカ、特にブルー
アンドホワイトを制作していました。
その後、次第に独自の解釈を加えて大型の器や、鳥、猫、馬などの置物へと作品を
多様化させてゆきます。
(タイル作品よりも、器や置物といった立体作品が主です。)
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           (今回の展示会の作品。 新聞 ZAMAN紙 より )

使われるモチーフはセルジューク朝期のもの、オスマン朝期から続くキュタフヤの伝統
文様が多いのですが、彼独特のアレンジにより、温かみのあるオリジナル作品に生まれ
変わります。
温かみと柔らかさが彼の作品の特徴で、それがそのままストゥク ウスタの人柄です。

ストゥク ウスタの特徴的作品の一部ご紹介。
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               (Sıtkı 氏のsiteより)

特徴は、中心をずらした構図。
伝統的モチーフ ”チンテマーニ”を思い起こさせる構図です。
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          (スルタンの象徴”チンテマーニ”)

ストゥク ウスタの代名詞的表現方法 ”モザイク”。
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               (Sıtkı 氏のsiteより)

下地に升目を描いて、埋め尽くしていくことでモザイクを表現しています。
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出来上がりを見れば簡単な手法ですが、なかなか思いつきませんよね。
コロンブスの卵!
それにしても、根気のいる作業です。ひたすら、升目を描いて塗り続ける。。。

ストゥク ウスタの作品にご興味のある方はこちらをどうぞ。
素敵な作品をご観賞下さい。
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# by ateliercinicini | 2010-09-29 20:46 | タイル・陶器・工房散策 | Comments(7)

古典装飾様式 Rûmî - Hatâyı (ルーミー・ハターイ)様式 

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             (ルーミー・ハターイ様式のタイルパネル)

古典装飾様式のお話です。
オスマン朝宮廷様式と呼ばれるものが生まれたのは15世紀後半。
1453年にコンスタンティノープルを征服して、ようやく落ち着いて芸術活動に取り組める
環境が整えられたのでしょうね。
宮廷内に ”Nakkaşhâne (ナッカシュ・ハーネ ” と呼ばれるデザイナー工房が設立されます。ここで、写本の挿絵や装飾、書物の装丁から、絨毯やカフタン(スルタン
の衣装)、そして陶器に至るまで、全てのデザインの図案が描かれました。
このナッカシュ・ハーネで最初の宮廷様式が生まれたのです。
Rûmî (ルーミー)と Hatâyı(ハターイ)が組み合わされた、”Rûmî - Hatâyı(ルー
ミー・ハターイ)様式
” です。 
”ルーミー”と”ハタイ”各々は、オスマン朝で生まれたものではありません。
以前より、中央アジア・イランで使われていた文様で、それがオスマン朝宮廷工房へも
持ち込まれ、組み合わされて、独自の展開を見せてゆくことになるのです。
では、”ルーミー”とは、”ハターイ”とは何でしょう?

Rûmî (ルーミー) 
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これです。ルーミー。
アラベスク、イスリミとも呼ばれ螺旋を描きながら連続してゆく装飾文様です。
トルコでは ”ルーミー”と呼ばれています。

オスマン朝では、かつてビザンティン帝国であった土地に建てられたセルジューク朝、
ルーム・セルジューク朝に関するものに ”Rum” の語を使いました。
つまりオスマン朝芸術における ”ルーミー ”は、セルジューク朝アラベスク文様から
受け継いだことを示しているのです。

Hatâyı (ハターイ)  
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ハタイとは、どれと言って特別の花を指すのではなく”一般的な花”の縦割りにされた
ものを指します。
語源は中国の呼称、キタイから来ています。(キタイ(契丹)・カタイ→ハタイ)
芍薬の様な、中国風の花といった意味だったのでしょう。
そしてこの縦割り断面図のようなハタイとともに使われるのが、” Penç(ペンチ) ”。
ペンチはペルシャ語で5を意味し、花を真上から見た様を表します。
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            5弁の花びら。ペンチの基本です。
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          ***** ***** ****** ***** ***** *****
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これもハターイ。イラン・サファヴィー朝期に織られた絨毯なんですが、
中心にライオン顔があり、そこから花弁が開いてます。面白い!
それにしても、この絨毯デザイナー、勇気がありますよね。
絨毯の織手もデザイン図案を見てビックリしたに違いありません。
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# by ateliercinicini | 2010-09-21 00:59 | 様式・文様・技法の話 | Comments(6)

At-Terouzi Mosque (アッテロウズィ モスク) /ダマスカス

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突然トルコからシリアに飛んでしまいました。
ダマスカスにあるアッテロウズィ・モスクです。 
”何故、いきなりダマスカス?”と思われるでしょう?全く関係がない訳ではないのです。
このモスクは、前回紹介したオスマン朝のムラディエ・モスク(1436年)と同時期、
1430年(マムルーク朝時代)に建てられたもので、内部のタイルがムラディエ・モスクと
同様タブリーズのタイル職人達によって作られているのです。
当時のイランのタイル作りの技術は群を抜いていて、中東各地にタブリーズのタイル
職人達が出向いてはモスクや廟、宮殿を飾るタイルを作っていました。


モスク内部の壁面下部がタイルで装飾されています。
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ムラディエ・モスクに比べると、デザインが雑でタイルの質も粗い感じです。
それでも、同じ系統の職人が作ったものである事を感じさせます。
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モスク内にある廟です。
内部に入る許可が下りなかったのでガラス越しの写真ですが、六角形のブルー&ホワ
イトの間に三角形のターコイズブルーのタイルが置かれていて、ムラディエ・モスクの
壁面装飾方法とよく似ているのが分かるでしょうか?
(この写真では分かりにくいですよね。。。)
デザインは、ムラディエ・モスクのものに比べると、それ程抽象化・幾何学化されてなく、
より中国的で生き生きしてます。
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# by ateliercinicini | 2010-09-20 19:31 | モスク・廟巡り | Comments(4)

Muradiye Mosque (ムラディエ モスク) / エディルネ

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エディルネにあるムラディエ・モスク。大好きなモスクです。
1436年に建てられたオスマン朝初期の建築物です。
外観はシンプルですが、内部は光が差し込んでとても明るく、壁を飾るタイルは、
それはもう美しい!ため息が出ます。

入った瞬間に思ったのは、トルコ的じゃない。。。
中国的?中央アジア的?イラン的なのかな?
清々しさや重々しさ、種々ごちゃ混ぜな不思議な雰囲気が漂っています。
その不思議さは何処から来るのでしょうか・・・

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正面にある大きなミフラブ。
クエルダセカ・テクニックで作られたタイルにより、隙間なく複雑な文様で
埋め尽くされています。
多彩で精緻な装飾です。綺麗です。圧倒されます!
ムカルナス部分は、中国磁器を真似た小さなブルー&ホワイトタイル。
濃密なクエルダセカと落ち着いたブルー&ホワイト。
このコンビネーションが素晴しい!!!
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左右の壁を見ると、六角形のブルー&ホワイトとその間にターコイズブルーの
タイルで埋められています。
中国磁器からとったモチーフや、それにイスラム的解釈を加えた幾何学文様が
面白いですね。
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空間を残さずに規則性を持って埋め尽くされた部分と、余白がたっぷり取られた
オーガニックな文様部分。
このコントラストが、漂う不思議さの一因になっているのでしょう。

ムラディエ・モスクのタイルは、イラン・テブリズから来た職人によって作られた
ものであると言われています。
この時期のモスクには、まだイズニックタイルは見られません。
イズニックタイルがモスクや宮殿の壁を飾るのは、もう少し先となります。
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# by ateliercinicini | 2010-09-15 03:40 | モスク・廟巡り | Comments(4)

オスマン朝時代生まれの先生

私の卒業したM大学には、愛校心の強い先生方がとても多く、退官された後も
大学に通い、かつて教え子であった現在の教授・助教授達をアシスタントにして
指導にあたられる方もいらっしゃいます。

80代、90代の先生方。学者として、画家として活躍し続けて来られた方ばかり。
とてもパワフルです。そしてチャーミングです。

「トルコ古典装飾」のK先生もそのお一人でした。
途切れることなく話し続けられ、私達学生の描いた絵への批評をして下さるのですが、
なにせオスマン朝時代に生まれた方です。
言葉が全く分かりません。。。
使われる言葉はトルコ語なのですが、単語がほとんどペルシャ語とアラビア語ばかり
なのです。
K先生は授業の際には、いつも私を一番前の真ん中に座らせ、私に向かって話され
ました。そして話終わった後、決まって、

「 R子、僕の言ったこと、分かったでしょ?繰り返し言ってみなさい。 
 僕は、君に向かって話したんだよ。 分からなかったとは言わせないよ。 


と言うのです。勿論、チンプンカンプンです。全く分かりません。

「 ごめんなさい、先生。全く分かりませんでした。 」

と答えると、嬉しそうに笑って、

「 あららら~。分からなかったの?
 ちゃんと来週までに復習して宿題して来るんだよ。これあげるね。
 」

とポケットから手描きのお手本や参考資料を取り出して私に渡し(公然のエコ贔屓)、

「 僕疲れたなぁ。じゃ、後の授業は○○教授に任せましたよ。では皆さん、又来週!
 誰か、僕が階段を下りるの手伝って下さい。
 」

と片手に杖を持ち、男子学生の腕につかまり帰って行かれる、そんな先生でした。


もうお一人、私は授業を受けることが出来なかったのですが、トルコ美術史のO先生も
オスマン朝時代のお生まれ。

試験対策の為にO先生に、

「 テスト勉強の為に先生のノートをコピーさせて下さい。 」

と大胆不敵にも正面から依頼に行った学生に、

「 いいですよ。貸してあげますよ。でも君に読めるかな? 」

とすました顔でオスマントルコ語(アラビア語表記)で書いた授業ノートとメモを手渡した
そうです。


素敵な先生方、楽しい授業でした。

大学時代の友達と会うと 思わず笑いながら懐かしむ話です。
でも、同時に、文字・言葉が変わった事がもたらした問題を目の当たりにして、諸々
考えさせられもするのです。
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# by ateliercinicini | 2010-09-11 07:16 | イスタンブルで大学生活 | Comments(8)