スルタンの象徴 Çintamâni / チンタマーニ

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上の一つの珠を下の二つの珠が支えて、三角形を作ったかのようなモチーフ。
これをÇintemâni チンテマーニ あるいは Çintamâniチンタマーニと言います。
「“チンタマーニ”とは、仏、あるいは仏の教えの象徴です」と、授業で聞きながら、
“何故、トルコで仏教なの???また、また~、先生ったらご冗談を!”と思っていました。

そこで調べてみると、、、
『 チンターマニ”(梵: चिन्तामणि [cintaamaNi])とは、サンスクリット語で「意のままに様々な願いをかなえる宝」という意味。 チンターは「思考」、マニは「珠」を意味する。
日本では如意宝珠と言う。』 と出ていました。
(先生、冗談をおっしゃったんじゃなかったんですね・・・疑ってごめんなさい。)
サンスクリット語の名称が、ほぼそのまま伝わりオスマン朝で使われ続けたのです。
すごい!!正確な伝達!耳のよい人々です!(口承伝承かしら?)

オスマン朝で、最初にこのモチーフが使われたのは、1515年に描かれたテズヒップ
(書や写本の彩飾)であるとされています。
1515年と言えば、スルタン セリムがタブリーズを征服し、タブリーズの芸術家達を
イスタンブルへ連れてきた翌年です。
チンタマーニ文様も、タイルや他の芸術同様に、中央アジア、イラン・タブリーズを
経由してオスマン朝に入ってきたのではないでしょうか?

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           (チンタマーニのボーダー。シンプルで可愛いです。)
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   (イスタンブルのリュステムパシャ・モスクにあるタイルパネルから。
         チューリップにチンタマーニを描き込んでいます。空間恐怖症?)
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   (うろこつき?なんだかチンタマーニが水の中で泳いでいるようです。。。
        すると、二つ波形文様がナマコに見えてくるような。。。)

チンタマーニは、オスマン朝美術において、権力、強さとスルタンのシンボルとされて
きました。
3つの珠をヒョウ柄に、二つの波はトラ柄の毛皮に見立てて、スルタンや皇太子の衣装、カフタンのデザインとしても使われたと言います。
チンタマーニは、織物、絨毯、タイルなどあらゆる芸術分野で使われたモチーフなのです。
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# by ateliercinicini | 2010-09-30 23:40 | 様式・文様・技法の話 | Comments(2)

Sıtkı Olçar / ストゥク オルチャル  (キュタフヤ)

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                  (Sıtkı 氏のsiteより)

9月23、24日、トルコタイル陶器の一大産地であるキュタフヤで、Sıtkı Olçar
(ストゥク オルチャル)氏の業績を称えてシンポジウムが開かれました。
ストゥク氏はトルコを代表する陶芸作家です。
シンポジウムや氏のアトリエの様子は、イスタンブル的陶芸生活 で山下鉄平さんが
詳しく書かれていますので、そちらをご覧下さい。
(私、筆不精なものでして、、、ごめんなさい)

ここでは、ストゥク オルチャル氏とその作品について書いてみます。
ストゥク オルチャル氏。本人に面識があろうとなかろうと、皆、彼のことを親しみを
込めて、”ストゥク ウスタ”と呼びます。 (ウスタは職人さんの意)

ストゥク ウスタは1948年、キュタフヤ生まれ。1973年より陶芸活動を開始。
アトリエ ”オスマンル チニ”を開き、当初はイズニック陶器のレプリカ、特にブルー
アンドホワイトを制作していました。
その後、次第に独自の解釈を加えて大型の器や、鳥、猫、馬などの置物へと作品を
多様化させてゆきます。
(タイル作品よりも、器や置物といった立体作品が主です。)
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           (今回の展示会の作品。 新聞 ZAMAN紙 より )

使われるモチーフはセルジューク朝期のもの、オスマン朝期から続くキュタフヤの伝統
文様が多いのですが、彼独特のアレンジにより、温かみのあるオリジナル作品に生まれ
変わります。
温かみと柔らかさが彼の作品の特徴で、それがそのままストゥク ウスタの人柄です。

ストゥク ウスタの特徴的作品の一部ご紹介。
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               (Sıtkı 氏のsiteより)

特徴は、中心をずらした構図。
伝統的モチーフ ”チンテマーニ”を思い起こさせる構図です。
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          (スルタンの象徴”チンテマーニ”)

ストゥク ウスタの代名詞的表現方法 ”モザイク”。
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               (Sıtkı 氏のsiteより)

下地に升目を描いて、埋め尽くしていくことでモザイクを表現しています。
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出来上がりを見れば簡単な手法ですが、なかなか思いつきませんよね。
コロンブスの卵!
それにしても、根気のいる作業です。ひたすら、升目を描いて塗り続ける。。。

ストゥク ウスタの作品にご興味のある方はこちらをどうぞ。
素敵な作品をご観賞下さい。
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# by ateliercinicini | 2010-09-29 20:46 | タイル・陶器・工房散策 | Comments(7)

古典装飾様式 Rûmî - Hatâyı (ルーミー・ハターイ)様式 

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             (ルーミー・ハターイ様式のタイルパネル)

古典装飾様式のお話です。
オスマン朝宮廷様式と呼ばれるものが生まれたのは15世紀後半。
1453年にコンスタンティノープルを征服して、ようやく落ち着いて芸術活動に取り組める
環境が整えられたのでしょうね。
宮廷内に ”Nakkaşhâne (ナッカシュ・ハーネ ” と呼ばれるデザイナー工房が設立されます。ここで、写本の挿絵や装飾、書物の装丁から、絨毯やカフタン(スルタン
の衣装)、そして陶器に至るまで、全てのデザインの図案が描かれました。
このナッカシュ・ハーネで最初の宮廷様式が生まれたのです。
Rûmî (ルーミー)と Hatâyı(ハターイ)が組み合わされた、”Rûmî - Hatâyı(ルー
ミー・ハターイ)様式
” です。 
”ルーミー”と”ハタイ”各々は、オスマン朝で生まれたものではありません。
以前より、中央アジア・イランで使われていた文様で、それがオスマン朝宮廷工房へも
持ち込まれ、組み合わされて、独自の展開を見せてゆくことになるのです。
では、”ルーミー”とは、”ハターイ”とは何でしょう?

Rûmî (ルーミー) 
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これです。ルーミー。
アラベスク、イスリミとも呼ばれ螺旋を描きながら連続してゆく装飾文様です。
トルコでは ”ルーミー”と呼ばれています。

オスマン朝では、かつてビザンティン帝国であった土地に建てられたセルジューク朝、
ルーム・セルジューク朝に関するものに ”Rum” の語を使いました。
つまりオスマン朝芸術における ”ルーミー ”は、セルジューク朝アラベスク文様から
受け継いだことを示しているのです。

Hatâyı (ハターイ)  
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ハタイとは、どれと言って特別の花を指すのではなく”一般的な花”の縦割りにされた
ものを指します。
語源は中国の呼称、キタイから来ています。(キタイ(契丹)・カタイ→ハタイ)
芍薬の様な、中国風の花といった意味だったのでしょう。
そしてこの縦割り断面図のようなハタイとともに使われるのが、” Penç(ペンチ) ”。
ペンチはペルシャ語で5を意味し、花を真上から見た様を表します。
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            5弁の花びら。ペンチの基本です。
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          ***** ***** ****** ***** ***** *****
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これもハターイ。イラン・サファヴィー朝期に織られた絨毯なんですが、
中心にライオン顔があり、そこから花弁が開いてます。面白い!
それにしても、この絨毯デザイナー、勇気がありますよね。
絨毯の織手もデザイン図案を見てビックリしたに違いありません。
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# by ateliercinicini | 2010-09-21 00:59 | 様式・文様・技法の話 | Comments(6)

At-Terouzi Mosque (アッテロウズィ モスク) /ダマスカス

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突然トルコからシリアに飛んでしまいました。
ダマスカスにあるアッテロウズィ・モスクです。 
”何故、いきなりダマスカス?”と思われるでしょう?全く関係がない訳ではないのです。
このモスクは、前回紹介したオスマン朝のムラディエ・モスク(1436年)と同時期、
1430年(マムルーク朝時代)に建てられたもので、内部のタイルがムラディエ・モスクと
同様タブリーズのタイル職人達によって作られているのです。
当時のイランのタイル作りの技術は群を抜いていて、中東各地にタブリーズのタイル
職人達が出向いてはモスクや廟、宮殿を飾るタイルを作っていました。


モスク内部の壁面下部がタイルで装飾されています。
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ムラディエ・モスクに比べると、デザインが雑でタイルの質も粗い感じです。
それでも、同じ系統の職人が作ったものである事を感じさせます。
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モスク内にある廟です。
内部に入る許可が下りなかったのでガラス越しの写真ですが、六角形のブルー&ホワ
イトの間に三角形のターコイズブルーのタイルが置かれていて、ムラディエ・モスクの
壁面装飾方法とよく似ているのが分かるでしょうか?
(この写真では分かりにくいですよね。。。)
デザインは、ムラディエ・モスクのものに比べると、それ程抽象化・幾何学化されてなく、
より中国的で生き生きしてます。
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# by ateliercinicini | 2010-09-20 19:31 | モスク・廟巡り | Comments(4)

Muradiye Mosque (ムラディエ モスク) / エディルネ

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エディルネにあるムラディエ・モスク。大好きなモスクです。
1436年に建てられたオスマン朝初期の建築物です。
外観はシンプルですが、内部は光が差し込んでとても明るく、壁を飾るタイルは、
それはもう美しい!ため息が出ます。

入った瞬間に思ったのは、トルコ的じゃない。。。
中国的?中央アジア的?イラン的なのかな?
清々しさや重々しさ、種々ごちゃ混ぜな不思議な雰囲気が漂っています。
その不思議さは何処から来るのでしょうか・・・

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正面にある大きなミフラブ。
クエルダセカ・テクニックで作られたタイルにより、隙間なく複雑な文様で
埋め尽くされています。
多彩で精緻な装飾です。綺麗です。圧倒されます!
ムカルナス部分は、中国磁器を真似た小さなブルー&ホワイトタイル。
濃密なクエルダセカと落ち着いたブルー&ホワイト。
このコンビネーションが素晴しい!!!
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左右の壁を見ると、六角形のブルー&ホワイトとその間にターコイズブルーの
タイルで埋められています。
中国磁器からとったモチーフや、それにイスラム的解釈を加えた幾何学文様が
面白いですね。
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空間を残さずに規則性を持って埋め尽くされた部分と、余白がたっぷり取られた
オーガニックな文様部分。
このコントラストが、漂う不思議さの一因になっているのでしょう。

ムラディエ・モスクのタイルは、イラン・テブリズから来た職人によって作られた
ものであると言われています。
この時期のモスクには、まだイズニックタイルは見られません。
イズニックタイルがモスクや宮殿の壁を飾るのは、もう少し先となります。
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# by ateliercinicini | 2010-09-15 03:40 | モスク・廟巡り | Comments(4)